ちょっと興味があった「スカイフィッシュの捕まえ方」板尾創路編を見る。

スカイフィッシュの捕まえ方 ~板尾創路編~ [DVD]

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かなり面白かったんだけど、企画が水野敬也の一億円プロジェクトとしって何かガッカリした。確かに「怒らせ方」シリーズの俳優が出てるなーとは思ったけど…。水野って胡散臭いイメージが強い。

内容自体はかなり面白い。レポーターと板尾のやり取りがいちいち面白いし、最後のチープな人類批判も全く本編と関係ない内容で素晴らしい。小ネタだとバズーカ法の名前の変遷とか笑えた。まあでも一回見れば十分という気もするが。

それよりも、全く架空のスカイフィッシュを捕まえる技術体系を見せるドキュメンタリーとしてどう見せるかという面白さがあった。スカイフィッシュがそもそもどういうものかという定義をぼかしたまま、生態に関して断片的に情報を伝え、地方ごとに特色のある捕まえ方が存在してるという。何のために捕るのかとか一切言わないけど、特に亀法では「それらしい」道具や技術をうまく見せていて、新しい世界観や秩序を見せる物語であるSF的な楽しさがあった。

いっつも気になってたことだけど、さすがに最近のお笑い業界に対して違和感が強くなってきた。
別に番組とか頻繁にチェックしてる人間じゃないし、前のR−1とかも見てないけど、あまりにも内輪ネタが多すぎる。今日のアメトーーク見ててちょっとキツいなーと思った。この辺のお笑いの楽しみ方というか姿勢は北田暁大の「笑う日本のナショナリズム」とかに詳しくその態度が形成される過程が論じられてるけども、これじゃまさしく「生きてるだけで仕事になる」のがお笑いになってしまう。なぜなら、「お笑い界」に生きていて、その中で見たり聞いたことをメディアに載せるだけでみんなが笑ってくれるからだ。
勿論テレビのひな壇だけが芸人の舞台じゃないだろうし、コントであったりモノマネであったり色々ジャンルに合わせて笑いを提供する手段はあるかも知んないけど、「お笑い界でどう生き残るか」という話をバラエティでするだけで面白いのはさすがにどうかと思う。すべらない話はやはりギョーカイで受ける話じゃなく視聴者に向けて欲しい。というか、それが芸人の筋なんじゃなかろうか。
日本のお笑い界はそういう意味で特殊すぎる。普通のスタンダップコメディとかNSCでは教えないんだろうか。本当の意味で芸がない人が多すぎると思う。
メディアの外ではつまんなくてもいいから、芸で食わざるを得ないシステムに変えていかないと自家中毒を起こすんじゃないか?こんだけ芸人がたくさんいて、物凄い速さで消費されていって、業界的にも健全じゃないことは誰もが分かってるけども、それを変えることができない状況になってるんじゃないかと思う。

滑ってるのにそれを笑いに持っていくのはもう辞めた方がいいんじゃない?あるあるネタとかもうどうでもよくない?プロのパフォーマンスが出来ないスポーツ選手は引退するしかないけど、お笑いはくすぶってる人が多すぎだし、それをまたネタにしちゃうから悪循環が起きてるよなあ。