「ジェノサイド」を読む。

うーむ、今年の読書体験の中ではベストクラスに面白かった。久々に「読みすぎて夢中になって興奮して寝れない」現象が起きてしまった。2011年に出版されてたみたいだけど、なぜ自分は当時引っ掛からなかったのか気になる。「このミステリーがすごい!」で1位とか山田風太郎賞受賞とか色々ハクもついてるんだけど。「Ank: a mirroring ape」と同じようで、実は構造的に逆になる「人間の起源とは何か」そして「人間を超越する生き物とは何か」という問いに真摯に向き合い、現代の創薬科学から量子論や数学に関する科学、言語学から社会比較論、出版当時のアメリカのブッシュを中心とするネオコン中心の軍事体制やイラク戦争の暗部などの直近の世論迄巻き込んで書いた大傑作。主な舞台はコンゴアメリカ、日本であるが、縦横無尽にそららの土地を行き来し、交錯するはずのなかった物語が地球規模で結びつき合い、キューバ危機並みの地球の危機を描く。
まずは、後書きで触れている各分野の専門家への謝辞に始まるように、よくここまで緻密に色んな専門分野の知識を身につけて物語に落とし込めたなぁと驚愕する。いや、逆に専門分野の知識から物語をうねりだしたのかもしれないけど、かなりの博覧強記ぶりだ。アメリカ人の凄腕傭兵と日本の冴えない薬学部の院生が主人公としう、全然結びつかない世界が次第に交錯していく構成は見事。そして、ほとんど謎や後味の悪さを残さず、綺麗に物語を収束させたのも凄い。描き方によっては、生きて危機を脱することが出来たけど人類が新人類に支配される、というバッドエンドにもなりかねない展開なのだ。
さらに、「Ank」と同様に、アフリカでの戦場アクションや、アメリカ大統領やCIA長官や科学顧問など要職たちの知略を巡らせた情報戦だったり、未知の生物が出てきたりとこちらもとても映像化が映えるであろう作品であるのもポイント。ハリウッドと日本の合作とかで映画化とかなんないのかな。何と著者はもともと映画を志してアメリカ留学して映画の現場で働いていたこともあるらしい。配役を考えてるサイトとかもあったけど、確かにアテガキで書いたというか、俳優の顔が浮かんでくるような小説である。一応公式サイトにはアニメやラジオドラマがあるけど、ぜひ映像化してほしい作品だ。
ちょっと惜しいのが、いわゆる自虐史感的な著者の主張を本作で地の文や主人公の口を借りて発露させてしまっている点だろうか。別に著者自身の考えとしてあっても、急に関東大震災の際の日本人の韓国人に対する蛮行とか登場人物に言わせる必要がないと思って、読んでて何か冗長だなと思ったけど、書評を見てみると同じようなことを思った人は結構いたらしい。あと、科学的な考証は専門家のチェックもあってあまり齟齬はなさそうなんだけど、不自然に感じたのが、肉体的にはまだまだ虚弱で、地球上の人間のシステムに対する通信手段や外部との連絡手段をほとんど持たない新人類が人類の主要なシステムを次々にハッキングするという描写。ある意味、人間が知覚できない領域の力を持つ生物を人間の言葉で描写したら、どうしても「不自然」には見えてしまうのかもしれないけど、ちょっと説明不足というか他の専門分野の緻密な書き込みに比べるとここだけ雑に感じてしまった。あとはエンターテイメントするためにはしょうがないけど、アメリカ大統領が自分のセリフとして言った通り(自分も偶然の事故のように殺されるのではないか、という)、描写された能力の高さを考えると、もっとリスクの低い手段で自分たちの生存の危機を脱することができたんじゃないかと思う。まぁこれはご愛敬だけどね。大傑作には間違いない。