ショーン・タン「アライバル」を読む。

アライバル

アライバル

心のメンターとなりつつあるカズレーザーが「読書芸人」で勧めていた絵本。いやー、確かにすごいわ。愛する家族を残して移民として言葉も通じない見知らぬ土地に移住してきた男が少しずつ新たな地に慣れていくまでの様子を緻密でかつ幻想的な絵で描く物語。字は一文字も出てこないし、漫符のような記号的表現もないので、小学生くらいのリテラシーがあれば世界中の人が楽しむことができる。マンガのようにコマ割りでリズムを作っているけど、本当に絵を重ねただけの初期アニメのような作品。色も基本はモノクロで、淡いセピア色(書き込みによって、全体にくすんだ古い本のようなダメージ加工がされている)がついており、デジタルなツールはもとより筆のような一面を描くことが出来るような道具を使わず、色鉛筆のようなもので克明に描かれていると思われる。
舞台となるのは1900年位のヨーロッパ的な服装文化のある国なのだが、ポケモンみたいな変なデザインの生き物たちが街中を闊歩し、建物も地球上のどこの文化圏にも属さないであろう奇妙な建物に溢れる不思議な国である。そして、どちらかというと公害被害が問題になっていた産業革命期のイギリスのように、煙が煙突からあちこちで立ち込める煤けた退廃的な世界である。主人公の男と出会い一緒に働く人々も、主人公と同じく単純労働に拘束されていたり、祖国を巨人(?)のような人間に追われて命からがら逃げてきたような人が多い。読み終わってから知ったのだが、著者自身がマレーシアからオーストラリアに移民してきた父やアイルランド系の母をルーツを持つ人であり、移民に強い関心を持ってるようだ。肩を寄り添うように生きる人々はタフだし、本書のラストで男は遂に愛する妻と子供を新地に呼び寄せることに成功し、希望を感じさせる終わり方となっているのだが、移民の現実を作品にもっと反映させるとより物語に陰影が出来て良かったんじゃないかなとも思った。なぜなら、新地の赴いてからの男は慣れない習慣に戸惑いながらも大きな失敗や挫折を経験しないまま終わってしまうのだ。現代の世界のあらゆるところで問題になっている政治的な移民の排斥だったり、別の出自の人間同士の醜い争いとかが一切描かれないので、価値観の相克による主人公の成長物語にはなっていないんだよね。ここはもうちょっと広げて書いたらより面白くなったんじゃないかなぁと思う。