おおかみこどもの雨と雪」を観る。

おおかみこどもの雨と雪 BD(本編1枚+特典ディスク1枚) [Blu-ray]

おおかみこどもの雨と雪 BD(本編1枚+特典ディスク1枚) [Blu-ray]

予想をはるかに下回る出来にかなり残念。富野由悠季が絶賛してたというのが全く信じられない。アニメとしては、日本の美しい田園風景やCG織り交ぜた臨場感ある場面など見所は多いし、恐らく貞本義行キャラデザインというのもその筋には大いに食いつく要素になるだろう。問題なのは物語自体。突飛な設定はいいとして、その設定に見合った世界観が全く構築できていないと思う。具体的に言うと、狼という人間ならざるものと人間のあいだで生き方を悩む二人のおおかみこどもが主人公になるわけだが、あまりにも人間の倫理からおおかみを捉えており、「思慮が浅い」物語に思える。

見ていて白けた点をいくつか。

1.おおかみこどもの父親がなぜ唐突に死んだのか、わからないまま物語が終わる。

せめて、こどもを守るために死んだとか、「人間界でおおかみになってはならない」という設定に絡ませて死を表現すればもっと物語に厚みが出るんじゃないかと思うけど、ホントに唐突に死んでしまう。

2.おおかみがどのような存在なのか定義があやふやなまま。

例えばおおかみこどもの雨は施設に保護されたおおかみに人語で話しかけるが、コミュニケーションがとれるものなのか?おおかみこどもの寿命は人間と同じなのか?おおかみ父と人間の母のこどもはおおかみと人間を行ったり来たりできるが、彼らのこどもはどうなのだろう。彼らが人間と生殖を行えばおおかみの血はより薄くなるが、それでもおおかみになるのだろうか。もしくは、おおかみこどもは野生のおおかみと生殖できるのだろうか。特におおかみこどもの雪は同級生の男子(もちろん人間)と恋愛しているような描写があり、彼らの「性」の部分に立ち入った描写がないのは物語として片手落ちな気がする。

3.おおかみこどもの雨の選択
結果として彼はおおかみとして山で生きていくことを選択するが、彼はほとんどの時間を人間として生きてきている。育てたのが人間である母の意向でもあるが、「人前でおおかみにならないこと」を守り、近所の農家の方々とふれあい、学校に行く。学校では他の子にいじめられたり嫌な思いを経験するが、彼は唐突に山に「先生」とする狐を見つけ、山で生きる術を身につけていく。彼は山で生活するための振る舞いや動き方を身につけていくが、果たして生まれた時から山で生きてきた野生動物たちと互角に生きていけるだろうか。
要は、彼はどう見ても「人間的」な思考でおおかみに「なりきろうと」している。おおかみの生態に詳しいわけじゃないけど、本来のおおかみって群れを作って小動物を襲って喰らい、異性の個体を見れば交尾し、眠い時に眠る、そんな生き物だろう。文字通りただの「動物」であって人間的な倫理は持ち合わせていないだろう。となると、彼はあまりに人間的すぎるので、恐らく山での生活にも耐えられなくなるのではないかと思う。彼が野生生物とすんなり順応できるとはとても思えない。もののけ姫のモロの君がサンについて言うように、「人間にもなれず、山犬にもなれず、哀れで醜い子」にしかなれないだろう。物語のクライマックス、雨は母を助け、山の頂上で遠吠えをするが、非常に嘘くさい演出ですごくしらけてしまった。「人間から見たおおかみっぽい行動」を型どおりに演じている感じが。

4.都会から逃れてきた一家に対する農家の反応

若い女が子供を二人連れて田舎に来た」というどう考えてもワケアリな事実に対して、恐らくほとんどの農村の人間は警戒するし、噂話で持ち切りになるだろう。母の甲斐あってその環境で打ち解けることに成功するが、身の上について母が皆に説明する機会がないのがすごく不自然。絶対皆気になるし、「お父さんはどうしたの?」と二言目には聞きたいだろう。しかしその辺を説明した描写がない。おおかみこどもの雨は結果的に山に暮らすため、「小学生の男の子が失踪する」という大事件にもなっているはずだが、母は変わらずのんびりと静かに山で暮らしているらしい。変でしょ。

5.山のリーダーである「狐」の存在

野生の狐が一帯の揉め事を調停する存在であるというのは、とても人間的な価値観で野生の動物を語っている。彼らは自分の役割など意識しない。もししていたとしても、それは人間の価値観で測れるような「役割」という概念ではない。

以上のように、気になる点が多くて物語に引き込まれない。なんでこの作品、こんな高評価なんだろう。