「ビニール傘」を読む。

社会学者・岸政彦氏の小説。芥川賞候補にもなったタイトル作ともう一遍の短編を収録している。字が大きく、特徴的な写真の挿入も多いのですげーあっさり読める。タイトル通り、すべての単語がチープで粗悪なものに囲まれた、教育も技術も情熱もない大阪在住のカップルの生活を淡々と描き出している。小説の技法的に面白いのは、カップルに対する印象を描いていく人物がコンビニ店員、タクシーの運ちゃん、職場の同僚みたいにくるくると変わっていくことだろう。後は大阪の固有名詞が多く出てくるので、土地勘のある人ならしっくり読めるんだろうなという。
文章はその場の情景がありありと浮かぶようなリアルな描写が特徴で、例えば女の部屋は「小さな部屋の小さなベッドの、何か月もシーツを替えていない枕元には、子どものときに買ってもらったミッキーマウスのぬいぐるみが置いてあるだろうか。何か月も掃除をしていない、狭くて汚いカビだらけのユニットバスの洗面所には、安いコスメのパステルカラーの瓶が並んでいるだろう。」みたいな感じ。男が仕事で現場に行くときは「今朝は7人のチームで西九条の現場に配属された。俺以外の全員がタバコを吸い、スポーツ新聞を広げ、コンビニおにぎりを食っている。みんなゴミを吸い、ゴミを読み、ゴミを食っている。高校を中退してすぐにこの飯場に入った若いやつが、小声でどこかに電話している。全員が無言なのでその小声は車内によくひびく。やばいとこで金借りたらしい。アホや。」みたいな感じ。最終的にカップルは何となく別れるが、全体に救いがなく劣悪な環境(とはいえ何とか自活は出来るくらいの)で生きる人間の窒息しそうな閉塞感が楽しめる。例によって写真も、被写体は何の味もないチープな日常の景色のみを切り取っており、切なさを倍増させる。