「ゲームの王国」を読む。

前半はすごく面白かったんだが…、という作品。著者は同じ年の作家で、「ユートロニカのこちら側」が面白かった小川哲氏。カンボジアを舞台に、ポル・ポトの隠し子とされる女主人公ソリヤと、貧村に生まれながら天才的な思考力を持つ男主人公ムイタックの二人を軸に、クメール・ルージュ前後の時代と2020年代の未来に向けて、社会・ルール・ゲーム等の関係を基に描く上下巻700ページを超える大作。
相当丹念に調べたであろう、クメール・ルージュ時代の筆舌に尽くしがたいまでの陰惨な拷問や強制労働の徹底に関する描写には息を呑む。「貧困」という状態に関する考察も非常に深く、ただ単に金がない、物がないのではなく、仕事も生きがいも健康も保険も貯蓄も教育もない、常識が通用するほどの社会の土壌が整っておらず、ODAは何から手をつけていいか分からないという苦しい状態。利率800パーセントで70ドルの借金があり、月々の返済だけで生活が回らない女性に対して意を決して元金70ドルを渡したら、彼女は喜んで70ドルのテレビを買い、相変わらず利息を返済していたという。劇中のエピソードだが、なかなかシビアな話だ。他にも、土と会話できる「泥」とか輪ゴムによって人の生き死にが分かる「輪ゴム」とか足が速い「蟹ワン」とか無言を貫いていたのにある日突然話しだした「ソングマスター」とか、ワケのわからん名前の妖しさ万点のキャラ達が跋扈するカンボジアの田舎の風景描写とかもマジックリアリズム的な要素あってワクワクするんだけど、肝心の「ゲームの王国」があまり描かれなかったのが残念。
「ルール違反をなくすためには、そもそもルール違反自体を原理的に出来なくする」というポル・ポトが掲げてソリヤが実現しようとしたカンボジア社会の在り様を読んでみたかったが、志半ばで潰えてしまう。確かにムイタックが自分の村で設立したルール作りとか、研究者となって自ら開発した脳波測定を使って行うゲームのあり方とか、節々でゲームって何ぞや?ルールって何ぞや?必ず勝つ方法って何?というところを掘り下げた描写はさながら「カイジ」を読んでるみたいで面白いんだけど、二人の天才ソリヤは政治的手法で、科学者でゲーム開発者のムイタックは学術的・経済的手法を用いて、カンボジア社会を巻き込む規模の熱いデュエルを読んでみたかったなぁと。