図書館で本を選んでるとき、いつも目に留まってはなんとなくやり過ごしてきたアナトール・フランスの「シルヴェストル・ボナールの罪」を読了。

シルヴェストル・ボナールの罪 (岩波文庫)

シルヴェストル・ボナールの罪 (岩波文庫)

いやー読んでよかった。久しぶりに爽やかな読書が出来た気がする。
明るい日差しと緑の香る午後の公園とかで読みたい本だ。
やはりこの本を面白いと感じるか否かは主人公ボナール氏に共感できるかどうかだと思うが、こんな爺さんになりたいなぁと思わせる好々爺であった。

ボナール氏は自分のことを世間知らずで本の都に住んできた老人だと何度も自嘲気味に記しているが、フランスの学士院会員という肩書きを持っており、エリートである。金銭的に不自由なく暮らし、ハミルカルハンニバルという猫とうるさい婆やと一緒にささやかな生活を楽しんでいるかなり恵まれた人物である。でも、子供の頃勇ましくあることを強制された叔父さん(後になって割と駄目人間として描かれる)に女の子のようにおもちゃで遊ぶことを禁じられたエピソードなどにあるように、どうしても自分に自身を持てず、その辺が喪男的な共感のしやすい面を作っている。猫に自説をぶつけるとか可愛すぎるだろw
その辺は「天才柳沢教授の生活」を思わせる。
古典から得たさまざまな引用を散りばめてるのも素敵な文体だ。パリのゆったりした風景描写やらも読んでて心地よい。

話は全体で大きく二つに分かれていて、どちらも爽やかで楽しめた。ほかの書評サイトでどちらも話の解決の仕方がご都合主義なのはいかがなものか、と切り捨てられてたけど、まあ確かにそうなんだけど幸せにまとまって良かったじゃない、と思う。前編の方が短くてまとまりもいいけど、後編も小心者のボナールが人生で始めて大きな事件を起こしていく過程を楽しめる。
特に前編は、イタリア旅行記や学士院会員の暮らしぶりの描写から写本に対する知的探究心や情熱の描写などいろいろ盛り込まれているが、それを鮮やかな物語にまとめていてスッキリした。
題名の「罪」というのは何だろうと思いながら後編を読み進めていくわけだが、俺はてっきり谷崎潤一郎の「瘋癲老人日記」よろしく昔好きだった女の子の孫娘ジャンヌとの出会いから、危ない誤ちをおかして破滅しちゃうんじゃないかと思ったけど、めでたく縁談をまとめるキューピッドになってしまって(それを悩んでる描写も面白い)綺麗にまとまったのでほっとした。事件を起こして破滅したんじゃ悲しいよなぁ。どうやら訳者によるとボナールがつけてる日記の日付からすると、19世紀後半の相当政治的に混乱してる時期の物語のはずだが、ぜんぜんそれに触れないのはやはり世捨て人だからか知らんけど辺に政治色を感じさせないのは良かった。でも、歴史は科学だと言うボナールに対し客観的な描写などあり得ないと言い放つ弟子のジェリスに俺も共感してしまうあたり、やはりボナールは政治的に右左に揺れはしなかったが、過ぎ行く時代の知識人なのかなぁという印象も残った。それでも、俺はボナールの人生は肯定していいと思うんだけどね。知識はやはり更新されていくわけだし、後から見たらその時代だけにしか通用しない知識のフレームだったとしても、苦心と研鑽のもとその生きた社会に提供できるものがあれば、例え子供のいないボナールであっても、昔のジェリスに「読む価値ない」と断言されたとしても、いいんだと思う。学問でもビジネスでもスポーツでも何でも、専門分野において強烈な足跡を残せる人なんてそういないのだ。

もう一冊、挫折した読書も。

流れ星

流れ星

チャペックは古典的な名作「ロボット」を読んですっきりした構成(その後のロボットものの筋はほとんどこれの亜流だと思う)に驚いたけども、本作は読みづらかった。語り手を変えてストーリーというかある男の一生を浮かび上がらせる仕掛けになってるんだけど、最後の詩人の章で挫折した。話が遅々として進まないとという印象もあったが、何でこいつら想像だけでこんな物語をしゃべくってるんだ?とか思ってしまう。身元不明で担ぎ込まれた顔のない男なんていうと「ジョニーは戦場へ行った」を思わせるけど、本作では本人自身による解説はなく息を引き取ってしまうため、周りの人間の空想物語である。それが面白ければいいんだけど、それほど魅力的な物語だと思わなかったし途中で読むの飽きてきたのでやめにします。つまらない読み物を止めるタイミングってまだ掴めてないけど(本作は四分の三くらい読んだか?)、今後は飽きてきたらすぐ諦めよっかな。