溝口健二の「赤線地帯」を観る。
初溝口作品。すごく面白かった。
太平洋戦争後の1956年頃、売春禁止法が適用される前の社会の混乱を、ひとつの売春宿に生きる人々の姿を通して描く。

赤線地帯 [DVD]

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まず驚いたのは、映画的な物語を語る手法がこの頃にはほとんど確立され、現在と変わらないほど洗練されているということだった。50年代の映画を観た経験がほとんどないので比較できないのだが、カットの切り替わり、カメラの移動、売春婦たちの個々のエピソードの見せ方などはほとんど変更しない形で今も再現できるほど綺麗だった。女優たちも皆生き生きとしており、若尾文子京マチ子といった名前しか知らなかった往年の女優たちが苦界に生きる生々しい人間の顔を再現している。ファッション感覚、自己表現で性産業に就くことも不思議でない今の世の中とは隔世の感があるが、苦界で必死に生きる人間を優しい目線と厳しい目線でバランスよく切り取り、まとめ上げた監督の仕事ぶりはすごい。欲を言えば、宿の経営者サイドの主人とおかみさんにもフォーカスを当てたらより人間模様が立体的になって良いと思うが、80分代という尺で、弱い人間がお互いを支えあって(支えを失って発狂してしまう女もいるが)生きる姿を封じ込めている。
特に若尾文子は確かに美しかった。金が全てと割り切り、客に会社の金を横領させるよう誘惑し、苦界からのし上がる術を探す姿はとても印象的だ。

ちょっと興味深かったのはファッション。神戸生まれのちょっと不良娘のミッキーは髪も下ろして洋服を来て仕事をしているみたいだが、他の妓は基本髪は文金高島田みたいな日本髷のカツラをつけ、お粉に紅を指し着物を着ている。このファッションはいつごろまで続いたのだろう。売春宿の主人は家では着物を着ているが外に出るときにはハットにコートを着ているし、革ジャンを来た青年や背広を着た男性も多く登場するので、恐らく一般的な装いでなかったのだろうとは思うが、やはり当時の男性はこのファッションに魅力を感じたのだろうか。